History! 1950年代にアフリカから奴隷として連れてこられた黒人旨により、
ジャマイカの地に
メントという土着音楽が生まれ、(メントはアフロカリビアンミュージック)
このメントがアフリカ色を残しつつ、
トランジスタラジオの普及と共に米国のR&Bの影響を受け、
スカが生まれるo
(スカコアと言われるKidsが騒いで、
モッシュしたりするSKACOREに関しても元は黒人音楽のスカからきているo)
その後ジャマイカのダンス音楽はスカから
ロックステディに注目が注がれるようになり、
ロックステディは突飛なスカより少しスローなリズムで、
アーティストの意識が歌われるようになったo
1968年頃短命だったロックステディに変わって、
キングストンのゲットーから私の大好きな
レゲエが生まれた。
レゲエのサウンドはロックステディよりさらにスローo
独立後の混乱期にあったジャマイカで社会的政治的、
精神的な表現が歌詞の中に盛り込まれるようになるo

70年代に、レゲエとラスタファリズムを世界に広めたのが、
誰しもが知っている
ボブ・マーリィその人であるo
1945年ジャマイカ北部のナイン・マイルズという町で、
イギリス人の軍人を父、アフリカ系ジャマイカ人を母として生まれたo
少年のころキングストンのトレンチ・タウンに移り住んできたボブは、ここで音楽的な基礎を作り、
65年バニー・ウェイラー、ピーター・トッシュらと、
ウェイラーズというバンドを組みデビューすることになるo
ミ会からはみ出した人間たち、
そしてトレンチ・タウンのことを歌ったバンドは一躍ルード・ボーイたちのヒーローに!!!
レゲエがジャンルとして確立するのは、
ボブがラスタファリズムにのめり込んでいった60年代後半の事o

ラスタファリズムはジャマイカから現代史で最も強力な文化であるo
ラスタファリズムとは1920〜30年代に活躍したジャマイカ出身の黒人開放運動化、
アフリカ回帰を唱えたマーカス・カーヴィの予言を機に、
ジャマイカ人が何よりも根底にした一種の宗教といえるもので、
「アフリカを見よ。黒人の王が誕生するであろう。
その時開放の日がやってくるのだ」というカーヴィの予言どおり、
1930年エチオピアに旧約聖書にもある
ソロモン王とシバの女王の血筋を引くと言われるはハイレ・セラシエ皇帝が即位した。
ハイレ・セラシエの幼名がラス・タファリ・マコネンであり、「ラスタ」の語源がここにあるo
ゆえにエチオピアの国旗の色、
(それぞれ自然・太陽・血を表している)をラスタカラーというo
ラスタファリアンはジャマイカに奴隷として売られてきた、
自分たちの前身を旧約聖書の迷えるイスラエルの民と同一視し、
ハイレ・セラシエを生き神「ジャー」と崇める、そして現在の自分たちはバビロンの捕われ者で、
ザイオン(=シオン)を黒人安住の地として、アフリカ=エチオピアに真の自由があると考えるo
自然を大切にし、アイタルフードとよばれる自然食を食べ、
身体に刃をあてず(髪を切らず櫛も使わず)、
自然のままのドレッドロックスという独特の髪型をシンボルとするo
これらのラスタのライフスタイルはジャマイカでも少数派であるらしく、根底にある黒人のルーツ、
つまりアフリカを自分たちのマザーランド(母なる大地)とする、
熱い思いは大多数のジャマイカ黒人によって、
その思想・文化に表れている…
そしてボブ・マーリィは81年、癌によって36歳の若さで亡くなった。
しかしボブ・マーリィによって世界に飛び立ったレゲエは、ジャマイカ移民により、
定着し世界中の多くのミュージシャンに受け継がれているし、
もちろん日本人の多くもレゲエを愛してるo
メント 50年代初頭の民族音楽古いイギリス民謡(クァドリーユ)をアレンジ゙したものo
R&B 体全部を使ってリズムをとるゴスオエルと湧き上る感情をストレートに伝えるブルースの融合o
また「SOUL MUSIC」というジャンルは60年代に生まれたもので、R&Bの一種o
ロックステディ スローテンポの甘い歌モノo
ナイヤビンギ ラスタファリズムの集会で演奏する太鼓ベースの楽曲の事o
ラヴァーズロック 甘〜い甘い〜ぃ歌詞にのせて歌うものo
リンガラ・ポップス アフリカのモダン・ポップと言われているらしいo
ゴスペル クリスチャン達が神を称える音楽、黒人サンというとゴスペルのイメイジ強くありません?
ソカ トリニダード島で生まれたジャンルでソウルとカリプソをMixしたものo
「ルンバ」や「マンボ」などリズムの宝庫だとか?
スカ メントにR&BをMIXしスカという音楽が生まれたo
このスカという名称はスチャスチャというリズムからという由来o
ルーツ 上のモノ全てをひっくるめてルーツなのかな?